【雑感】「疲弊して寂れていく岩国」から脱却して、「明るくて希望のある岩国」にしたい

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「疲弊して寂れていく岩国」から脱却したい

昭和35年(1960年)に某社の岩国工場へ入社し、昭和44年(1969年)にはマイホームのブームに乗ってしまって岩国市内に住み着きました。

その頃は、池田首相の「所得倍増」の波に乗り、給料は3倍くらいまで増え、マイホームの借金も楽に返済できたのは今でも忘れられない思い出です。

当時は、岩国に工場がある会社も景気が良く、岩国の街も明るくて活気に溢れていました。

しかし、工場のある地域は、米軍岩国基地の滑走路の延長上は建物の高さ制限があり、高い建物が必要な会社は岩国での工場の整備は諦めて、他県へ工場を建設した会社もありました。

私がいた岩国にある工場は縮小傾向。

既にこの頃から岩国は先が見えず、疲弊が始まっていたように思えます。

その後、私は岩国の工場の縮小傾向が見え始める頃に岐阜県の工場へ転勤して製品の生産ラインの構築。この時は、仕事でドイツ、イタリア、スウェーデン、フランスを回りました。

岐阜県の次は岩国へ戻り、防衛省、製鉄会社、自動車会社などへの納入品のメンテナンスなどのサービス業務。この時は日本中を飛び回りました。

その後は、再び岐阜県の工場へ行き、旅客機のコンポーネントの生産工場の建設に携わり、この時がコンピュータ(パソコン)の世界へ足を突っ込んだ始まりで、ここが一段落した後は愛媛県の工場で全社の情報システムの一部を担当していました。

会社を卒業してからは、ヨーロッパを始め、国内のあちらこちらの観光地を回りましたが、どこの観光地も賑やかであり、小さな町でも町役場の観光担当者の努力をヒシヒシと感じてきました。

会社を卒業して岩国へ帰って来てから感じるのは、「寂しくて暗い岩国」です。
と、感じるのは私だけでしょうか?

「明るい未来」は何処へ消え去ったのでしょうか

そう言えば、何年か前の岩国市長選挙の時、「岩国の明るい未来を創る会」なるものがあったのを思い出しました。

選挙では「岩国の明るい未来を創る会」が推す候補者が当選。現在の岩国市長です。

前市長と現市長を比べて、どちらが良かったとか悪かったと言っても今更始まりませんので言いませんが、現市長になって「米軍岩国基地」の機能拡張は進んだものの、「明るい未来」が何処かへ消え去ってしまって、何も見えてこないように感じるのは、後期高齢者である私の感受性の衰えでしょうか?

「駅前が寂れると、その街は疲弊する」と言われています

岩国の駅前の寂れは以前から感じていましたが、駅前の商店は次々と姿を消し、跡地は「駐車場」に変化しています。

「駐車場」が必要なのは理解できますが、商店街が賑わってこそ「駐車場」の価値が上がると思います。

駅前が寂れると、その街は疲弊する」と言うことは、最初の岐阜県への転勤以前には既に聞いていたことで、その頃遊びに回った岐阜県、愛知県なとで、まさにその通りだと思いました。


2017年11月17日のことですが、岩国駅前方面へ用事があったので出掛けましたが、この日は車では行かず、バスを利用しました。

しかし、昔からドル箱路線と言われていた路線のバスの本数の少なさにはビックリ仰天
時刻表を見たら、山間部の過疎地のようだとは言いませんが、不便極まりない状態です。

バス停で30分くらい待って岩国駅前へ。

本来の用事を済ませて、11時半頃に岩国駅前の「中通り商店街」を歩いて見ましたが、昔の賑わいを知っている私には「侘しさ」だけしかありませんでした。


聞くところによると、三笠橋の傍にあるスーパーのフジは撤退したいが岩国市の要望で留まっているらしいですね。
フジの店内に入ってもお客さんは疎らであり、テナントは次々と撤退して、店舗跡にはベニヤ板が貼り付けられて哀れな姿。

岩国市長は、米軍岩国基地拡張の見返りの交付金の獲得に全力投球するのも結構ですが、国土交通省などとも交渉して、室の木~白崎八幡宮間の国道の即開通、これにより岩国駅~三笠橋間の道路を市民のために活用することを前提に、この間の商店街の再開発を考える必要があると思いますが・・・

岩国市長も自分の任期の間に稼ぐだけ稼ぐことしか頭の中にないでしょうから無理な願いとは思います。・・・もちろん私は後期高齢者。先が見えていますので岩国の未来のことに力を使うのはモッタイナイと思うことがありますが、子供達の姿を見ると、何か変化をしなければならないと感じています。

観光客の皆さんも参加出来て、市民と一緒になって楽しめる岩国に

紅葉の真っ盛りの晩秋の錦帯橋ですが、観光客の皆さんの姿が少ないと思いませんか?

岩国市には「米軍岩国基地」だけでなく、「錦帯橋」などの名所、旧跡も数ありますが、特に「錦帯橋まつり」などは、行列の参加者を写真に撮るために錦帯橋を通行止めにして観光客を締め出しているとツアー客の方からの声もありますが、行列を観光客に見せるためではなく、観光客の皆さんも着物を着て行列に参加出来、岩国市民と一緒に楽しめるイベントにしたら観光で訪れる方も増えるはずですが。

岩国市役所には観光客数を数えて「増えた」と大喜びしている「観光振興課」なる部署がありますが、岩国市民のための錦帯橋でなく、観光客の皆さんも市民と一緒になって楽しめるようにするなど、もう少し奮起してもらいたいものです。

何年か前、当時の岩国市役所の観光課の職員が、菖蒲園の近くを歩くツアーのバッチを付けた観光客の皆さんを、「撮影のジャマだ」と野良猫を追っ払うようなことに出会いましたが、このような事は無くなったのでしょうかね?

お客様は神様ですよ!

JR岩国駅を核にしたいものです

新聞の記事で、JR岩国駅の橋上駅舎が完成したとのことを見ました。
新駅舎には観光案内所、カフェ、売店などが入ると書いてありましたが、岩国市も建設費用を負担したからには、岩国市民に役立つことを考えてもらいたいものです。

例えば、

「岩国市役所の簡易的な出張所」の設置・・・バス路線は岩国駅が始発終着であり、バスは岩国駅前へ集まってきます。支所ほどの機能は必要ありませんが、最小限の機能を持つ出張所程度の機能を設置すると、「バスで岩国駅まできて、バスを乗り換えて市役所へ向かわなければならない」との苦情は無くなると思います。・・・こんな苦情は年寄りからであり、今後はバス路線も縮小されると聞いていますので、岩国市役所も見て見ぬふりで何年かを過ごせば幕引きになりますがね。
また、バス路線だけでなく、岩国市内を走る「錦川鉄道・錦川清流線」、「岩日線」も岩国駅が終着駅ですよ。

「市民が無料で気兼ねなく使用出来るスペース」・・・好き勝手に使用可能ではありません。岩国市役所の簡易的な出張所で管理し、会場借用の費用が賄えないような小さなグループ(岩国市民に限定)の小さな展示会等に使用できるようにしたり、皆さんが自由にくつろげるスペースにしたりすれば、駅だけの機能以外に活用でき、駅前の活性化の源になると思いますよ。

この他は、頭脳明晰で時間が十分にある岩国市役所の皆さんでお考えてみて下さい。

「明るくて希望のある岩国」作りを皆で考えませんか?

「明るい未来」は何時の間にか姿が見えなくなりましたが、このサイトでは、皮肉を交えながらも岩国のPRに力を入れています(効果のほどは不明ですが、力を入れているつもりです)。

会社を卒業後の海外旅行には、錦帯橋などの写真を持参して、皆さんに配布したりしています。・・・但し、現在は体力に自信がなく、12時間のエコノミークラスでの飛行は無理なので、海外旅行は止めています。

オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの旅行の時も錦帯橋などの写真などを持参。
オランダのマーストリヒトで案内してくれた青年に写真を渡したら、翌年は広島大学へ留学するとのことで話が弾みました。錦帯橋の場所なども教えておきました。


ところで、岩国でホームページを運用している方も多いと思いますが、サイトの中の1ページでも使って、岩国のPRをしましょう。

お知らせ

2001年に会社を卒業して岩国へ戻って来てから、2003年にホームページを再開。

再開後は、日本全国の方を対象にホームページ作りを教えたり(現在は教えてもらっています)、自分のホームページは休む暇なく改善を続け、現在は試行錯誤とはいえ、SSL化して、皆さんに安心して閲覧して頂けるところまで到達しました。

ホームページの方は、今後は記事の追加が主体になりますので、ボケ防止を兼ねて、少しは考えながら記事を書いてみることにしました。


なお、この記事では「明るくて希望のある岩国」なる言葉を使用していますが、このサイトは政治団体、市民団体などには一切関係ない一市民が、有料のレンタルサーバーを利用してモクモクと運用しています。

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